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ちょっと気になってた 須磨寺へ

2012年06月19日 17:00


前回のここはどこでしょうの答えですが

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一問目は、山陽電車の須磨駅でした。

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なかなかクラシックな外観ですね。

ちなみに山陽電車で灘へ帰ると運賃はメチャ高いです。

あいだに神戸高速鉄道を通るため割高になります。

すぐ目の前のJRでは、JR須磨~JR灘(JR六甲道までも同じ)が210円なのに対し

山陽須磨~阪急王子公園は470円です。 (@_@)

僕はこの道を渡った金券ショップでJRの切符をさらに200円で買いましたけどね(笑)

こまかい男や。


そしてそこから歩いた東隣の駅はというと

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ひとつ東のこの駅は

おっちゃんさんからの指摘で「駅名映ってるで~」ということでよう見たら

右の踏切に須磨寺って縦に書いてるわ(笑)

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須磨寺駅でした。

前から自分の中でなんか気になってた須磨寺へ行ってみました。

http://www.sumadera.or.jp/

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駅前の商店街を北へ

寿司屋、和菓子屋さんとかありますね。

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商店街から 5~6分で着きました、近いですね。

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すごく立派で大きな寺です。

きょうは携帯しか持ってませんので写真はイマイチですがご了解を

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Nikon で撮ったらもっとキレイなのにね。

須磨まで来たので寄ってみたのですが、こんな広いとは思いませんでした。

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キレイに整備されてます。

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源平の庭

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非常に立派な寺です、今回初めてですが感動しました。

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シベリア 満蒙(まんもう)戦没者慰霊碑

最初見た時、ドキッとしました。

亡くなった親父は、戦後シベリアに抑留されていたのですが

政府からは補償もなく、その補償要求のために抑留者たちで会を作り

運動をしていました。 



のちに当時の海部総理大臣からシベリア抑留者に対し

労いの賞状と金杯が送られました。

その後、
シベリア抑留者法案ができたようですが

多くの抑留者は高齢、またはうちの父のように亡くなっています。




話を戻して、そういえば親父はあの頃、よく須磨寺へ行くと言って

集まっていたのを思い出したんです。

この慰霊碑もその頃に建てられたもののようです。

シベリアに抑留されていた人だけではなく満蒙へ開拓した人たちのことも

含めて慰霊碑を建てたんでしょう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%99%E3%83%AA%E3%82%A2%E6%8A%91%E7%95%99


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%80%E8%92%99%E9%96%8B%E6%8B%93%E7%A7%BB%E6%B0%91



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「雪の同窓会」、そうそう、それでした。

抑留されていた時の生活を「雪割草」という本にまとめてました。

うちにも大事に保管してありますわ。

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シベリア雪の同窓会の、連絡先が書いてましたので その場から電話してみました。

親父のことを覚えてないか聞きたかったんです。

名前が書いてあった方の奥さんが電話に出られました。

御主人は御健在で88才、うちの親父よりだいぶ下です。

電話口のすぐ横におられるようでしたが

電話に出ることが困難なのか、奥さんが伝えてはります。

親父の名前を行っても覚えてなかったようですが

この須磨寺に「雪の同窓会」の過去帳があるので親父が亡くなったことを書いてもらえば

と言っていただきお礼を言って切りました。

須磨寺の寺務所に事情を言うと、過去帳はあるがこっちで勝手に書けないので

さきほど電話した方に確認を取り、連絡しますと言ってもらえました。

偶然お邪魔した須磨寺、親父もこの運動に一生懸命でしたので

何とか、名前を残してやりたいと思いました。

ちょっといつものブログとは違いますが、以上のようなことがあったんですよ。

須磨寺は、前から気になってたんですが、親父たちが建てた慰霊碑も見られたし

良い供養になったと思います、帰って仏前にこの日のことは報告しました。

自分がなぜは須磨寺のことを気になってたのは、親父が僕に須磨寺へ行ってくれと

思ってたのかもしれません。

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そして、この2日後に須磨寺の住職さんから電話がありました。

雪の同窓会のI さんに確認が取れましたので

「お父さんの名前を過去帳に書くことになりました。」と

父は生前、シベリア抑留者の補償問題に一生懸命になっていたので

きっと喜んでいると思います、ありがとうございました。

また、須磨寺へ寄ってみようと思います。






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